この文章は、僕と共にこれから仕事をしてくれる仲間、僕に投資してくれる人たちのために書いた。また東大合格発表(3/10/2014)まではこの文章に意味はない。

 

残念ながら人は相手を学歴や、今までの成果で評価し、その人と接する。しかし、学歴を築くにせよ、成果を得るにせよ、時間とお金が必要だ。(そのためもあって、勿論僕には未だ学歴や成果はない。)

だが、起業に於いて投資家や有能な仲間を得ることが必要であっても、自分をアピールすることに時間をかけていてはユーザーのためにするべきことを疎かにしてしまうだろう。そこで、僕は自分をアピールすることの手間が省けると信じて、東大理科三類「合格」という成果を示したい(日本人に対してしか効果がないが)。

 

ただ、東大理科三類「合格」はそのものでは僕自身の成果として認められない。聞いても「ふーん、あっそう(ガリ勉かよ)」だ。しかし、この文章を読んで、それを僕自身の成果だと認識してもらえたらうれしい。(まだ合格してないけどね)

 

読者のほとんどは知っていると思うが、前提として東大理科三類に合格することにおいて、その人の頭の良さは関係がないということを理解してもらいたい。勉強したか、しなかったかだ。

理三に受かった人のほとんどは頭が良かったわけではないだろう。鉄緑会(有名塾)、灘、開成などのよい環境で、幸運にも理三合格のために役立つ訓練を受けられただけだ。さらに言えば、彼らは、子をそういった環境に身を置かせるため、親が中学受験塾等に通わせるという環境の中に育ってきているのだ。

受験におけるすべての教科はやれば成績はあがるものだ。だから、どれだけ勉強をしたのかが重要だ。鉄緑会に行けば、楽に(本人は楽じゃないだろうが)たくさん勉強ができる。しかし誰にも強制されずに、自ら勉強することは多くの忍耐を必要とし、とても難しい。普通の人は、言われたこと以外の勉強はしない。勉強はごく一部の宇宙人を除き、ものすごくおもしろくないからだ。

そんな普通の人と同様に、僕の親は勉強しろとは言わないし、勉強は好きではない(証明できないが)。父親は僕が私学へ行くことに反対し、公立へ行くことをすすめたくらいだ。

僕は洛星高校出身だが、この高校からはここ10年ほど一人も理三に合格していない。その上僕は、大学受験のための塾(Z会含む)へは一切行っていない。僕の環境は普通なら理三など受けもしないというレベルだ。その中、僕が合格したのだとすれば、僕に「何が足りていないのか理解する力」「どうすれば改善できるのかを思いつく力」「それを諦めずに実現する力」が一定あることを示しているのではないか、と思う。

 

僕が簡単に理科三類に受かるレベルに達していなかったことを完璧に証明することは残念ながら不可能だが、参考として第一回東大本番レベル模試の点数をのせておく。

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